ヘンリク2世
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ヘンリク2世。ヤン・マテイコ画
ヘンリク2世(Henryk II Pobożny, 1196年 - 1241年4月9日)は、ポーランド王国ピャスト朝の国王(在位:1238年 - 1241年)。ヘンリク1世の子。
敬虔公と呼ばれた。1238年、父の死により王位を継ぎ、神聖ローマ帝国に対抗するためと、王権維持のため、ローマ教皇グレゴリウス9世の力を後ろ盾にしていた。
しかし1241年、バトゥ率いるモンゴル軍がポーランドに侵攻してくる。ヘンリク2世はこれに対抗するため、ドイツ騎士団の支援を得たが、同年4月のワールシュタットの戦いでポーランド軍は大敗を喫し、ヘンリク2世も戦死した。この時ヘンリク2世の首は槍先に高々と掲げられたと言われている。
劣勢であるにもかかわらず、侵略軍であるモンゴルに懸命に対抗して国を守ろうとしたため、現在でもヘンリク2世は高く評価されているポーランド国王である。
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